ご報告

この年末・年始は 土佐一家にとって大変心穏やかな素敵な日々でした。

3月に1年間の留学が決まっている 甥っ子が帰省してきまして

いつになく賑やかな お正月でもありました。 

姉一家は 遠方におりますので 甥っ子が赤ちゃんの頃は よく長期で

里帰りしておりましたが、 ここ10数年は お正月を海外で迎えることのほうが多く

一人しかいない孫と お正月が迎えられるのは 両親にとりまして 何よりの

プレゼントでした。 今年も姉夫婦は ロス近郊での仕事があった為 

帰省は できませんでしたが 義兄のお父さん、私の両親とともに我が家で

孫を囲み楽しい元旦の お祝いをしました。

1月5日の月曜に マーシャ・ミーシャが広島駅まで 孫を見送り

充実した お正月を終え 日常生活に戻り・・・私は 先日広島市内で開かれた

『ぱぐ美』に行くのを楽しみにしておりました。 

マーシャにも 『土曜日は ぱぐ美っていう展覧会に行ってくるからね!!』 って

言うと・・・・『おうっ!!行ってこい!!』 と・・・・・



その1月10日の土曜 早朝に 父・マーシャが急逝致しました。

病気とかではなく 本当に不慮のアクシデントでした。

突然のことで 初七日が過ぎた今でも 悪夢をみているようで・・・・言葉になりません。

このブログを始めるきっかけは ぱう~の日常日記というより 家族の日常日記を

綴っていこうと思ったのが 最初です。  心も身体も 平均的な方より弱い ミーシャを

支え続けることに少し疲れの出ていたマーシャ。 他人から見たら まだ同居するほどの

老人ではないのでは??と思える両親でしたが 私たち家族にしか解らない辛さや

悲しみを 少しずつ分担できるようにと思い 同居に踏み切りました。

ブログで とんでもない父のように 面白おかしく綴って参りましたが

父は私にとっては 同士のような存在でした。 他の親子関係と比較するわけでは

ありませんが、 父親っ子とかファザコンとか友達のような親子というより

お互いを 励まし支え合う 同士 だったと思います。


今、心に 大きな穴が開き その穴を少しでも小さくしていこうと思っています。

さよならも言わず せっかく身近にいる娘に身体一つ拭かせるわけでもなく・・・

あっけなく逝ってしまった父です。 娘の私には悔やんでも悔やみきれない思いが

残ってしまいましたが 父本人にとっては苦しまずに 家族の手を煩わすことのない

この最後の迎え方が 本望だったのかもしれません。

父の口癖が


        『土佐ちゃん、パパのことは心配するな』

        『ワシは 死ぬときはコロっと逝きたい』

これが口癖でした。 家族にだけ言っていたわけではなく 父の気の置けない友人たちも

よく聞いていたそうで 『言いよった 通りの死に方やったね』 と言われた方もおりました。

通夜・葬儀には 家族もビックリするくらいの方が集まってくださって 賑やかに送って

頂きました。 そして 棺に駆け寄って 男泣きに泣かれる方も多く・・・・ありがたいことです。

私にとっては 愛すべき父ですが 他人にもそのように思われていた彼の人生に

今更ながら 娘として尊敬の思いを馳せております。 手前みそでごめんなさい。 


かなうなら もう一度会いたい・・・話をしたい・・・そのように思いますが

苦しむ姿を見せなかった父 最後の顔も眠っているかのような父・・・・

目を閉じて思い出す顔は いつもの 『おとぼけマーシャ』 の はにかんだ笑顔だと

いうことは これからも生きていく私たちへの 父の最後の贈り物だと思っています。



もう少し 元気になったら またいつもの ブログに戻ります。。。



      PS. ぱう~も 現状と戦っています。 いつまでたっても帰ってこない

          父を捜しています。 この件についてだけは 父を今でも心の中で

          叱ってしまいます。 ぱう~ちゃんに悲しい思いをさせて馬鹿者!!と

          遺影に向かって叱っています。




まだ、気持ちのゆとりがないため コメ欄は 閉めております。

今度再開したときには また楽しく皆さんと コメントのやりとりができれば

この上なく幸いに思います。


最後に ぱぐ美に行くと言っておきながら 行けませんでしたことを

心苦しく思っておりましたので この場を借りて・・・ごめんなさい。


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